仙台地方裁判所 昭和53年(ワ)938号 判決 1980年2月18日
原告
中川カツ子
被告
株式会社興和工務店
ほか一名
主文
被告らは原告に対し連帯して金六一九万二、〇四二円及びこれに対する昭和五三年一〇月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは原告に対し各自金八二九万〇、八六七円及びこれに対する昭和五三年一〇月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 交通事故の発生
原告は昭和五〇年二月一二日午後四時二五分頃仙台市中野字寺前五九の一伊藤金物店前、国道四五号線上において、仙台方面から塩釜方面に向い道路左端歩道上を自転車で進行中、高砂団地方面から南進して国道四五号線交差点に入り、右折すると同時にさらに右折して右伊藤金物店駐車場に入ろうとした被告鈴木運転の小型ダンプ車(車両番号、宮四四(て)七〇九三―以下被告車という。)に原告自転車右前部を衝突され、原告は転倒して両膝関節挫傷、左膝関節血腫、左大腿筋損傷の傷害をうけた。
2 被告らの責任原因
(一) 被告鈴木の責任
被告鈴木は右小型ダンプを道路左側の店舗前の駐車場に進入するに際し、前方左右を注視し進路の安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方の駐車場に気をとられ、左方の安全確認を欠いてそのまま進行し、左方歩道上を進行してきた原告運転の自転車を約一・七メートルに近接して発見し、自車左前部を原告自転車右前部に衝突させ転倒させた過失があるから、不法行為者として右事故によつて被つた原告の損害につき賠償の責任がある。
(二) 被告興和工務店の責任
被告興和工務店は前記小型ダンプの所有者であり、自己のために右ダンプを運行の用に供していたものであるから、同被告は自動車損害賠償保障法三条本文により運行供用者として右事故によつて蒙つた原告の損害を賠償すべき責任がある。
3 原告の損害
(一) 入、通院中の損害 金四九万五、五七〇円
原告は右受傷により仙台市豊田外科に二週間通院したが、左膝関節症状が悪化したため、石巻市中島外科に一ケ月入院、その後同病院外労災病院等に二年間通院した。
(1) 治療費、交通費
右入通前に要した治療費及び交通費の合計金額は金四九万五、五七〇円である。
(2) 逸失利益 金二六〇万〇、二二五円
原告(昭和一四年二月一日生)は事故当時夫中川健一郎の経営する中川木材商事株式会社で随時接客などの手伝をして毎月五万円程度の小遣銭を得ていたが、主として家事育児に専念していた主婦であるところ、右事故による入通院のため家事が二年間にわたり不可能となつた。
右期間中の逸失損害は、賃金センサス昭和五〇年度「産業計、企業規模計、女子三五歳ないし三九歳の年間賃金」が一四〇万三、八〇〇円であるから、その二年分は金二六一万〇、二二五円となる。
1,403,800×1.8549(ライプニツツ係数)=2,610225
(3) 慰謝料 金一〇〇万円
入院一ケ月、通院二年間分の慰謝料である。
(二) 後遺症による損害
原告は前記受傷により左膝関節に一〇級一〇号に核当する後遺障害が残つた。
(1) 逸失利益 金四五八万〇、六四二円
右後遺障害による原告の労働能力喪失率に二七パーセントであるから、症状が固定した昭和五二年四月頃(原告三八歳)から、原告の就労可能最終年限である昭和八一年頃(原告六七歳)までの二九年間の前記女子平均賃金による逸失利益の喪失による損害は、次のとおり合計金四五八万〇、六四二円となる。
1,403,800×0.27×12.0853(ライプニツツ係数)=4,580,642
(2) 慰謝料 金二〇一万円
右後遺症による慰謝料である。
(三) 弁護士費用 金五〇万円
4 損害の填補
被告は右入通院の治療費並に交通費金四九万五、五七〇円を支払つたほか、原告は被告から休業補償分として金四〇万円、自賠責保険から昭和五三年八月二五日後遺症補償分として金二〇一万円の支払を受けた。
5 よつて原告は被告らに対し、各自、以上の損害合計金一、一一九万六、四三七円から、損害の填補分合計金二九〇万円を控除した金八二九万〇、八六七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五三年一〇月二七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 右請求原因に対する被告らの認否並に主張
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1の事実中「衝突された」との点を否認し、その余の事実は認める。
(二) 同2の事実中、(一)の事実は争い、(二)の事実中被告興和工務店は被告車の所有者で運行供用者であることは認める。
(三) 同3の(一)の冒頭の事実中、退院後二年間通院したとの点は否認し、その余は認める。
(四) 同3の(一)の(1)の事実は認める。
(五) 同3の(一)の(2)の事実中、原告の職業及び毎月五万円の収入を得ていた点は認めるが、その余は否認する。
原告は本件事故当時、中川木材商事株式会社の事務員で、月収五万円を得ていたものであるから、逸失利益金はこれを基準に算出すべきである。
また原告は期間二年間の逸失損害金を請求するが、原告の症状は昭和五一年八月七日固定したので、その後に逸失損害が発生したとすれば、後遺症による損害として算定すべきである。
さらに、原告は通院期間中であつても、実通院時間を除きその余の時間は前記事務員として前記会社に就労したものであるから、この事実を無視した逸失損害金の請求は不当である。
(六) 同3の(一)の(3)は争う。
(七) 同3の(二)の冒頭の事実は認める。
(八) 同3の(二)の(1)は争う。
原告の症状固定時は昭和五一年八月七日であり、当時の原告の月収は五万円であつたから、これを前提として算出すべきである。
(九) 同3の(二)の(2)は認める。
(一〇) 同3の(三)は争う。
(一一) 同4の事実は認める。
(一二) 同5は争う。
2 被告らの主張
(一) 消滅時効
仮りに原告の被告らに対する損害賠償請求権が発生したとしても、本件事故発生日は昭和五〇年二月一二日であり、原告は右事故発生と同時に損害及び加害者を知つたところ、本件訴を提起したのが同日から三年を経過した後の昭和五三年九月七日であるから、右債権は時効により消滅した。
(二) 弁済
被告らは原告に対し次のとおり合計金二九〇万五、五七〇円を支払つた。
(1) 昭和五〇年四月九日 金四万二、七八〇円
(2) 同四月二二日 金二一万四、二六〇円
(3) 同七月二二日 金五万七、七九〇円
(4) 同八月二九日 金一一万五、一四〇円
(5) 同九月二七日頃 金二〇〇円
(6) 同一一月一日 金三万三、八二〇円
(7) 同一二月三一日 金三万一、五八〇円
(8) 昭和五一年三月三一日 金四〇万円
(9) 昭和五三年八月頃 金二〇一万円
(三) 過失相殺
原告は前記自転車を運転走行するにあたり、歩道上を前方不注意のまま進行した過失があるばかりでなく、その自転車後部荷台に約三歳の幼児を乗車設備なしで乗車させていた過失があるので、原告の損害額を定めるにつきこの点を斟酌すべきである。
四 右被告らの主張に対する原告の認否並に主張
1(一) 右主張の(一)の事実中事故発生の日が昭和五〇年二月一二日であり、原告は右事故発生と同時に加害者を知つた点は認めるがその余は争う。
被告らはその主張のように原告の損害につき支払をなし、債務を承認しているので、時効は中断しているものである。
(二) 同(二)の事実は認める。
被告ら主張の(1)ないし(7)の支払分が原告の認めた入通院の治療費及び交通費の合計金四九万五、五七〇円に、(8)の支払分が原告の認めた休業補償費四〇万円に、(9)の支払分が後遺症分の二〇一万円に当るものである。
(三) 同(三)の事実中、原告が自転車の後部荷台に約三歳の幼児を乗車設備なしで乗車させていたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 昭和五〇年二月一二日午後四時二五分頃、仙台市中野字寺前五九の一伊藤金物店前国道四五号線上において、仙台方面から塩釜方面に向け道路左端歩道上を進行中の原告運転の自転車と高砂住宅方面から南進して国道四五号線交差点に入り、右折すると同時に更に右折して右伊藤金物店の駐車場に入ろうとした被告鈴木運転の被告車が衝突し、原告が転倒して両膝関節挫傷、左膝関節血腫、左大褪筋損傷の傷害をうけたことは当時者間に争いがない。
二(一) 原告は、本件事故の発生については、被告鈴木に左右の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失がある旨主張するところ、被告らはこれを争うので、この点について判断するに、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、被告鈴木喜雄の本人尋問の結果を綜合すると、
(1) 本件事故現場は、仙台方面から塩釜方面に通ずる国道四五号線と高砂住宅方面から曲田方面に通ずる市道との交差点附近の、別紙見取図のような市街地の国道四五号線上であつて、右両道路とも直線のアスフアルト舗装の平坦な道路であること、
(2) 被告鈴木は事故当日午後四時二五分頃、高砂住宅方面から被告車を運転して右市道を南進し、伊藤金物店の駐車場に入るべく、同見取図記載のように右交差点で右折し、時速約一〇キロ位の速度で更に右折して右金物店の入口の方に向つたのであるが、右駐車場に進入するに際し前方の伊藤金物店の駐車場の方に気をとられ、左右の安全を確認しないでそのまま進行したため、右国道を仙台方面から塩釜方面に向つて左側端の歩道上を進行してきた原告運転の自転車を約一・七米の至近距離においてはじめて発見し、衝突回避の措置を措り得ず、被告車の左前部と原告運転の自転車の前輪右側が別紙見取図の<×>の地点で衝突したものであること、
(3) 一方原告は自転車の後部荷台に三歳位の幼児を乗せ、仙台方面から塩釜方面に向つて右国道の左側端の歩道上を進行してきたのであるが、別紙見取図の<ア>点附近において伊藤金物店に入つてくる被告車に気付いたが、眼前であつたため急ブレーキをかけハンドルを左に切つたが間に合わず、前記のように衝突したものであること、
が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、本件事故は被告鈴木が伊藤金物店の駐車場に入るため前記歩道を横断するに際し、左右に注意し歩道の通行の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り進行した過失により発生したものであるから、被告鈴木は不法行為者として本件事故によつて被つた原告の損害を賠償する責任があるといわなければならない。
被告らは、原告にも前方不注視及び自転車の後部荷台に約三歳の幼児を乗せていた過失がある旨主張するけれども、自転車の後部荷台に三歳位の幼児を乗せていたことが本件事故発生の原因になつたとは認められないし、自動車が歩道を横断するに際し歩道上を通行するものがある場合は、自動車の方が歩道の手前で一時停止してその通行を妨げないようにすべきものであつて、一時停止もせず急に進入してきた被告車を原告が眼前に発見したからといつて、原告に前方不注視の義務違反があつたとも認められないから、原告にも過失があつたことを前提とする被告らの過失相殺の主張は理由がないものといわなければならない。
(二) 次に被告会社の責任について判断するに、被告車が被告会社の所有で、被告会社がその運行供用者であることは当事者間に争いがないから、被告会社も自動車損害賠償保障法三条本文により本件事故により被つた原告の損害を賠償する責任があるといわなければならない。
三 よつて原告の損害について判断する。
(一) 治療費、交通費について
いずれも成立に争いがない乙第四ないし第六号証、第一〇ないし第一二号証によると、原告は前記受傷のため、事故当日の昭和五〇年二月一二日から同年同月二日まで仙台市の豊田外科医院に通院(実日数一二日)した後、同月二七日から同年四月四日まで石巻市の中嶋外科に三〇日間入院し、その後昭和五一年八月七日まで同病院に通院(実日数一六五日)して治療をうけ、昭和五一年八月七日症状固定したが、自動車損害賠償保障法施行令の別表一〇級一〇号に核当する回復の見込みのない後遺障害を残すこととなつたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はないところ、これに要した治療費、交通費が合計金四九万五、五七〇円であることは当事者間に争いがないから、右金額が医療費関係の損害となる。
(二) 逸失利益について
成立に争いのない乙第二号証及び証人中川健二郎の証言によると、原告は事故前主婦として家事労働に従事する傍、夫中川健二郎が自宅と同一敷地内で経営している中川木材商事株式会社の事務員として、来客に対するお茶出しや電話が来たときの取次ぎなどの手伝いをし、給料として月五万円の支給をうけていたものであるが、主として従事していたのは主婦としての家事労働であつて、右の事務員としての仕事は家事労働に附随するものとみられる程度のもので、右の五万円は会社の税金対策上給料として支給してたものであることが認められるから、原告の逸失利益の喪失による損害は家事労働に従事する者として算定するのが相当であり、その金額は女子雇用労働者の平均的賃金を基準として算定するのが相当である(最高裁昭和四九年七月一九日第二小法廷判決、民集二八巻五号八七二頁参照)。
しかして前掲甲第三号証及び労働省の昭和五〇年賃金センサスによると、原告は事故当時三六歳(昭和一四年二月一日生)であり、昭和五〇年における「パートタイム労働者を除く女子労働者」の平均月収給与額は金八万八、五〇〇円、年間賞与等は金二八万九、五〇〇円であることが認められるところ、原告が入院中は家事労働に従事できなかつたとしても、退院後は仙台市から石巻市まで通院していたことからみても家事労働が全く不可能であつたとは認められないから、入院中の一ケ月間は全く家事労働に従事できなかつたものとして、それ以後は六七歳までの三一年間一〇〇分の二七の労働能力を喪失したものとして、原告の主張するライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して事故時における逸失利益の現価を計算すると、その金額は次のとおり金五、八〇二、〇四二円となる。
(1) 1ケ月分
(88,500×12+289,500)÷12=112,625……月額
112,625×0.9958(1ケ月の係数)=112,151
(2) 67歳までの31年間の分
(88,500×12+289,500)=1,351,500……年額
1,351,500×27/100×15.5928(81年の係数)=5,689,891
(3) (1)+(2)=5,802,042
(三) 慰謝料について
本件事故の原因、態様、傷害並に後遺障害の部位程度、入通院の期間、原告の年令その他諸般の事情を考慮すれば、原告の前記傷害並に後遺障害に対する慰謝料は金二三〇万円とするのが相当である。
四 以上認定判断したところによると、本件事故による原告の損害は合計金八五九万七、六一二円となるところ、被告らが原告に対し被告主張のとおり昭和五〇年四月九日から昭和五一年三月三一日までに八回に亘り合計金八九万五、五七〇円の支払をなした外、原告が自賠責保険から金二〇一万円の支払をうけたことは当事者間に争いがないから、これらを控除すると、原告の損害の残額は金五六九万二、〇四二円となる。
五 ところで被告らは原告の損害賠償請求権は事故時より三年の経過により時効消滅している旨主張するけれども、被告らが原告に対し自賠責保険からの二〇一万円の分を除いても、昭和五一年三月三一日まで八回に亘り一部弁済をなしてきたことは前記のとおりであるところ、右一部弁済は債務の承認として時効中断の効力を生ずるものと解すべきであり(大判大正八年一二月二六日民録輯二四二九頁、最高裁昭和三六年八月三一日第一小法廷判決民集一五巻七号二〇二七頁参照)、本件訴訟はそれから三年以内の昭和五三年九月八日に提起されているものであることは記録上明らかであるから、時効により原告の損害賠償請求権が消滅した旨の被告らの主張は理由がないものといわなければならない。
六 弁護士費用について
本件事案の内容、請求額、認容額その他一切の事情を考慮すると、原告が本件訴訟追行のために要する弁護士費用として請求する金五〇万円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
七 そうすると、被告らは原告に対し連帯して金六一九万二、〇四二円を支払う義務があるというべきであるから、原告の本訴請求は右金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和五三年一〇月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容し、その余はこれを棄却し、民事訴訟法九二条、九三条、一九六条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤和男)